#375 中国シルクロード西端、カシュガルの地。in中国(4) 2018.12.23
- 2018/12/27
- 07:00
このウイグル自治区では、
中国のネット規制をかいくぐるVPN接続が出来ません。
つまり、私が普段利用しているものでは以下が使えません。
・Facbook
・Facbookメッセンジャー
・Instagram
・LINE
・Twitter
・Viber
・Google
・Google map
・GMAIL
・Wikipedia
・多数のブログサイト閲覧
つまり音信不通状態です。
ただなぜかプッシュ通知だけは受け取れるので、連絡が来ていることは分かります。
お父様、つまりはそういうことなのです。
なぜか知らんが沖縄をエンジョイしているという報告は認識しておりますのでどうぞよしなに。
。。ところでなぜ沖縄?
一方で今のところ使えてるもの↓
・FC2ブログ管理画面
・iPhone App Store
・Yahoo!ニュース
・Booking.com
なのでアプリのダウンロードは出来ます。
百度と百度地図とCtripという中国旅三種の神器をうっかりインストールしてなくても大丈夫です。
てかApp Store使えんかったらiPhone意味ないもんね。
ところでいま私リアルタイムでまだウイグル自治区にいるのですが、自分で自分のブログを見るとフォントタイプが不揃いだったりブログタイトルが崩れてたりするんですが日本からの閲覧はいかがですか?
崩れてますか?
突然こうなったのでやはりかの国の当局になんらやめときましょうか。
さて本題です。
ここカシュガルは中国の最西端の都市であり、
シルクロードではタクラマカン砂漠の北(トルファンとかウルムチとか)を通るルートと、タクラマカン砂漠の南を通るルートの交差点でもあります。
(私の理解・手作りざっくり図)
古代より東西の品々と文化が交わった街であり、今では住民の大半がウイグル人が占める街でもあります。
つまりはウルムチ以上に中国政府が色々な意味で力を入れている街でもあります。
どんな街なのか、
楽しみでもあり、恐ろしくもあり。
――――――――――――――――――
▼徘徊メモ
・行き先:カシュガル市内
・手段:徒歩&バス
・料金:バス一乗車1元
・時間:ー
↓カシュガル地図マップ
(二行目はMapsme表記)
<広域>
・右上オレンジ:カシュガル駅
Kashgar
(中国語では喀什站)
・その隣のオレンジ:長距離バスターミナル
Mapsme表記「バスステーション」
※後述のバスステーションはこちらに
移転している?と宿の人談。真相不明。
歩き方には後述のバスステーションが記載。
・紫:アバク・ホージャ墓
Afaq Khoja Mausoleum
・下の赤:班超城
Mapsme表示なし
・上のオレンジ:国際線バスターミナル?
Mapsme上には表示なし
歩き方にはこの場所という表示あるが
実際は使ってないので不明。
・右下オレンジ:バスターミナル?
Mapsme上には「Kashgar Bus Station」
と表示あるが宿オーナー曰く移転したと。
真相不明。
・右の青:実際泊まった宿「汉庭酒店」
Mapsme上に表示なし
百度地図表示「汉庭酒店」
英語表記HANTING HOTEL。
最安ダブルルーム150元≒2400円
・真ん中の青:定番宿①
Mapsme表示「Pamir Youth Hostel」
百度地図表示は「国际青年旅舍」
漢字表記は「帕米尓青年旅舍」
2018年は11月から4月末まで外国事務不可
・左の青:定番宿②
Mapsme表示「Old Town Youth Hostel」
百度地図表示「喀什老城青年旅舍」
漢字表記は「喀什老城青年旅舍」
2018年は11/18から2月末まで休業
・紫:エイティガール寺院
艾提尕尔清真寺قەشقەر ھېيتگاھ مەسچىتى
・右の緑:日曜バザール
Sunday Bazaar
・その左の赤:旧市街門
East Gate
・その左の赤:マトックバザール
Mattock Bazaar
・その左上の緑:フードマーケット
Food Market
・その左の緑:ウイグル料理屋
Mapsme表示なし。
店名「熱西塔大盤鶏」
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記事が参考になった、ちょっと笑えた等々、
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日記はこの日の朝6:00。
カシュガル駅に到着したところから再開です。
朝6:00=現地時間の朝4:00なので流石にこの時間に宿探しするのも憚られ、しばしチケット売り場で寒さしのぎ。
ここで電光掲示板で時刻表チェック。
明日には次の街ホータンへ向かいたいのですが、朝イチは4時5時7時代しかなく、次は15時台のみ。
私のホータンから次の街に向かうバスは日月水金13:00/16:00しかないらしく、今日が日曜。。ってことは明日のバスに乗らねばじゃん!!
ってことにこの時点で気づき、
無理してカシュガル&ホータンを圧縮して明日のバスを狙うか、
色々諦めてカシュガル&ホータンゆっくりして水曜のバスを狙うか、をウンウン悩んでるうちに7:30になったので出発です。
本件は「カシュガルからホータン行きのバスの時間を見てから決めよー」
という結論に至りました。
カッコよく言うと棚上げってやつです。
バス待ち中。
駅を出て左前方に「長距離バスターミナル」と書かれた建物があり(電気は消えていたが)、その前にタクシープールとバス停がありました。
ここで28番に乗れば、外国人Okの安宿二軒(冒頭地図のOld town youth hostelとPamir youth hostel)があるエリアまで行けます。
エイティガール寺院前で降りればOkです。
ってことまで事前情報収集してたのにバスが来ないだなんて。
愉快甚だしいわこの国。
(1時間は待った。)
なんででしょう。
日曜だから稼働時間が遅いのかな。
(ウルムチは始発が7:30だった)
奥の長距離バスターミナルに入ろうとしたら英語者喋れないおっさんにアゴで追い返されるし。
コイツら中国語だけ喋れてれば良いと思ってるからいちいちマジで腹がたつ。
ムカついたので、
タクってやりました。
私だってね、タクシーくらい乗れるんですよ。社会人時代はタクシー出社タクシー退社してたタクシー前田時代もあるんですよ。
(終電後に帰り始発前に出社)
20元。
まあまあ適正プライスかなとも思いまして。
街へ向かう途中はバスは一台も走ってませんでした。やっぱり日曜はあ、
今バスとすれ違いました。
9:00始発なのかな。
(夜明けは10:00)
でももう良いです。あのままバス停で待ってたら足の指が凍結して壊死してました。
ウイグル自治区は速度制限が厳しく、
市内は40km、市街は(確か)100kmまでしか出せないんですって。
これも中国政府の言い分は「(ウイグル人からの)テロ対策」なのでしょうかね。
交番の数はたしかに多いです。
交差点毎にあります。
赤と青の光が視界に常に三つくらい入ってる感じ。
道路上のカメラによる定感覚のフラッシュ撮影も健在です。
エイティガール寺院前下車。
暗くてよくわかりませんが、
なかなか大きな建物がずらっと並んでるのが分かります。
ではでは宿へ。
今回も予約なしです。
1軒目、Pamir youth hostel。
場所がわからず断念。
2軒目、Old town youth hostel。
場所は分かりやすいのですが、
入り口にベルがなく、
代わりにこんな張り紙。
これ意味わかります?
私分からなかったのですが、眺めてるうちになんとなくわかってきました。
これ休業中ですね。
起って多分「起点」の起ですよねきっと。
つまり11/18から冬季休業、3月に再見♪的な。
そんなバカな。
で、
この帕米尓青年旅舍へ行けと。
帕米尓青年旅舍=Pamir youth hostelというのをたまたま記憶してたのでピンと来ました。
そう来たか。
ということでPemirまで戻ります。
場所は特定できてるのですが建物が大きくいろんな店の集合体になっててどこから入れば良いか分からなかったのですが、清掃員のおっちゃんに聞いてようやく入り口がわかりました。
わからんわ。暗いし。
11月から4月まで「外人お断り」
なにこの茶番。
そしてこの張り紙にも「ここへ行ってね♪」な追記が。
なんたるたらい回し。
その宿は簡単に見つかりました。
簡単に見つかりましたけども。。。
スタッフ「一泊150元でございます」
ですよねぇー!!!
ヤバいこれ。
アジア旅で最高額の宿だ。
宿名は汉庭酒店。
もう「酒店」て、ホテルと言う意味ですからね。
私こんなにベッド使わないから。
なにこれ手前のベッドとか何回転寝返り決めたら良いの!?
そんな部屋ですがWi-Fiは使えませんでした南無。
※ロビーでは使えます。
まあ久々の個室ですし、
綺麗は綺麗ですし、
たまにはこういうのも良いですね!
って逆ギレで部屋を散らかしまくっていざカシュガル歩き開始。
ふふ。
凄さが伝わらないでしょうね。
言うても150元って2400円ですからね。
日本の皆さんからしたらビジネスホテル以下、漫画喫茶かカラオケルーム感覚でしょうね。
嗚呼日本が遠い。近づいているのに遠ざかっていく。
街中の看板には日本語が併記されてました。
以前はここ海外観光客トップ3に日本人が入ってたそうなんです。今は知りません。
シルクロード感。
中国ではこういった「ぽさ」をこれ見よがしに主張してくる演出が多いと聞きます。
古き良きを愛でる人からすると「せっかくの景色が台無しに。」と思うのでしょうが私はキャッキャです。
その奥にあるのがこちら、
新疆ウイグル自治区で最大のイスラム寺院、エイティガール寺院です。
Google先生が今はいないので補足情報が添えられないのですが、いまこのモスクは現役なんでしょうか。
激しい宗教弾圧が有ると聞いていましたが、思ったよりはモスクの形は残されてます。
ただ
上部にはしっかりと中国国旗が。
内部は撮影禁止でした。
入場料22.5元でした。
敷地内部はモスクのみ。
モスクも横に細長い本堂があるのみで、
誰一人人がいませんでした。
ミフラーブはありましたが
コーランは見かけませんでした。
本堂の外壁、
入り口からまっすぐ伸びる真正面の壁にはかの国家主席様がウイグル人の方に手を差し伸べ握手をしている写真が掲げられ、
その隣には街中でよく見かけるメッセージが大々的に掲げられていました。
「中華」「一心」「万歳」みたいな言葉たちです。
これは果たしてモスクなのだろうか?
中国政府はモスクとして観光客からの外貨獲得手段にしているわけですが、そこで祈る人がいない限り、モスクとは言えないよね、と思ってしまいました。
なお歩き方には「1日5回のアザーンが」とありましたが、私の滞在中はアザーンは一度も聞こえてきませんでした。
なお本堂は木造でした。
本堂手前の天井は中央アジアでも見たような木造作りの装飾となっているのですが、その色使いは中央アジアで見てきたような青ベースのものではなく、むしろラダックのチベット仏教寺院で見てきたような、緑+青+赤+茶色!!と言った激しい色使いでした。
確かこの地方はイスラムになる前は仏教だったんじゃなかったでしたっけ?マニ教?
ああG先生、早く帰ってきてください。。
これはモスクの外の広場の巨大ディスプレイに映されていたやつです。
ウイグル人も国家主席様をさぞかし敬愛しております、と言わんばかりの絵です。
ツーリストセンター発見。
「Open」と書いてありながらどう見てもオープンな雰囲気がありません。
むしろ硬く閉ざされてます。
なにかを暗示しているような。
現在の時刻は11:30。
現地時間だと9:30です。
カシュガル旧市街の街並みはまだまだ静かです。
食べるお!!(^ω^)
めっちゃ美味ひ!!
羊肉でした。ウイグルのお店だったのかも。
明るくなったカシュガルの街を歩くとやっぱりここは大きな街なんだなと実感します。
(やっぱり国家主席様がデカデカと)
やってきたのはチャイナモバイル。
Mapsmeに「China mobile- sim card for foreigners」と書いてありまして。
筆談でSIM?
と聞くとすぐ近くの別店舗へ連れていかれ、翻訳アプリでやり取りすることしばし。
分かったことは、滞在登録票?正式な日本語呼称忘れましたが、が無いと作れないとのこと。
逆にいうと、
それがあれば作れるのね!
と嬉々として宿へ。
(私にとって)高級ホテルに滞在しているわけですからね。すぐ作ってくれるでしょう。
オーナー「No」
ノーーーー!!!
絶望。
いえね、
宿に戻り、筆談で滞在登録票をくれ、と例の写真を見せてもフロントの人が理解してくれず、私がわーきゃーしてたらオーナーっぽい人に電話してくれ、そして彼が英語ができたので(中国入国してようやく三人目)、事情を説明したら「オッケー、理解した。5分で行くからちょっと待ってて」と言われ1時間待ち、まあここは中央アジアみたいなもんだしな、と耐えていたらさっきっから後ろのソファで談笑してるのがソイツだったというどうでも良くない前段があるのです。
期待させておいて、
そして一時間待たせておいて、
Noならあのお電話でそう仰って頂けませんか。
サーマンホテルというホテルなら滞在登録票を発行してくれるそうですがもう良いです。
カシュガル歩きを再開します。
憂さ晴らしにやってきたのは
熱西塔大盤鶏。
こちら南旅館Fさんにイチオシされたお店です。
大盤鶏はウイグル料理?なのかどうか自信がないですが、カシュガルに行くならここで食え、と。
場所は冒頭地図参照。Mapsmeも百度地図も表示なしです。
大盤鶏はその字の通り、
大皿なのだそうで、ウルムチでもちょくちょく見かけてましたがかなり高かったんですよね。1000円越え。
で、この店は小盤鶏とでも言うのでしょうか。40元≒640円でこんなん来ました。
麺を頼みました。
最初白飯を頼んだのですがおばちゃんがメニューの麺を指差すものですからそっちの方がおススメなのかな思って。
そしたら
もう一つ来ました。
え、そんな食べたがりに見える!?
大変心外ですが内心万歳です。
(メニュー上はひとつ5元)
で、
うま!!
見たまんまの美味さです。
肉は骨ごとぶち込まれてます。食べるのちょっと大変。
ニンニクは言うほどニンニク臭くなく、あとは生姜が輪切りで仕込まれてました。
なるほどー、
これはうましですね。
なおお会計は40元でした。
あれ、40元+5元の麺x2=50元では?
もしかしたらあの麺は最初から付いてたのかも。危うく麺+麺+飯の炭水化物フェスティバルになるところでした。
満足です。
ぼちぼち街歩きを始めましょう。
さてこのカシュガル、
ウイグル人の割合が大半なんだそうです。
確かに街中を歩いていると、
それっぽい人を見かけます。
ちょっと見かけだけで判断するのは宜しくないのですが、明らかに我々アジア人とは違う顔立ちの方が多いです。
トルコ系とでも言うのでしょうかね。
カザフスタンやキルギスでもよく見た顔立ちです。
※ウイグル人は系統としてはテュルク(トルコ)系民族
旧市街街並み。
あ、
Pamir youth hostel外観を撮っておきました。
こんな場所があり、この奥に階段があり、
それを上がった三階に入り口があります。
四月以降に行かれる方は是非私の仇をとって下さい。
もくもくと湯気が上がるお店。
良いですね、気分が高まります。
ナンのお店もありましたよ。
たくさんあります。
ウイグル人が多い街なんだなと思わされます。
警備ゲートとそれを通過する子供たち。
旧市街の出入り口は全て検問ゲートがあります。
店先の監視カメラ。
路上の監視カメラ。
確かにウルムチ以上に監視が厳しい印象です。
ただですね、なんというか、新参者の第一印象としては、ウイグルの人たち、みんな楽しそうに生活をしています。
監視カメラなんて気にしてませんし、
先ほどのお店では大勢で大騒ぎしてましたし、
街中では警備員と普通に挨拶して談笑するし。
これとは別のタイミングではバスの中でウイグル語でメッセしてる女子や保安官もいました。
私てっきり、ウイグル語は禁止され漢人と全く同じ生活を強要されているんだと思ってました。
実際のところは分かりませんけどね。
ちょっとでも政府への不平不満を言おうものなら最教育施設と言う名の収容所に連れてかれちゃうという話もありますし。
今この街で生活している人たちは国家へに忠誠を誓っているんだろうなとも思います。
ちょっと街外れに来ました。
宿に置かれてたガイドマップに、この辺りに旧城跡があると聞きまして。
アレでしょうかね。
なんというか、
アレだとしたら、かつての遺跡を潰すような感じで建物建てちゃってるんですね。
同ブロックをぐるっと歩いていくと、随所であの土盛りが見えます。
鉄格子の隙間から↓
うーん、やっぱりアレな気がする。
土塁しか残ってなさそうですね。
てか近づけもしないならガイドマップにわざわざ載せんでも。
第十八中学。
いくつあるか知りませんが巨大な街であることは分かります。
今気温マイナス11度だから良いですがこれ真夏とかどうするんでしょう。気温50度とか行くと思うんですが。
ナン屋さん。
先ほど書いた通り氷点下ー11度の寒空の下で青空販売されてるナンなのでカッチコチかと思いきや、意外や意外ビスケットのような食感で(本来モチっとなのかどうかは不明)ウマーでした。
途中見かけた施設。
「新疆喀什市人民武装部」
なんて恐ろしい名前なんでしょうか。
ところで警備員にはウイグル人も見かけます。警備の対象≒ウイグル人というわけではないことが分かります。あくまでも「反政府人民」なのでしょうかね。
交通整理をしているポリスもいます。
道路を横断させてくれるので助かります。
で、なぜ旧市街を出てついつい道路を横断したかというと、
メイソーウ!!
ナイキとかアディダスとかが出店してるならびに堂々たる構えです。
もう怖いものなしですね。
なおこの後の街中で「XISOU」「YOYOSOU」というお店も発見しました。
いつの日か彼らの損害賠償金が日本のGDPに貢献する日を楽しみにしています。
旧市街へカムバック。
なおこれと全く同じメッセージを流してる電光掲示板を掲げたお店が多数あるのですが、これは国が強制的に設置しているのでしょうか。
街中でよく見かける水差しの像。
カシュガルは屋台が多いのが良いですね。
食べ歩きには困りません。
プロフー!!
これ後で食べに来る。絶対。
ちょっと今は先ほどの小盤鶏がかなり効いてる。
旧市街は昔のシルクロード時代の生活の様子を再現したような銅像が多数。
これ、
明らかに向こう側に街がある(Mapsmeにも道がある)のですが、人工的な壁に塞がれてます。これは隔離区域なのでしょうか?
旧市街住宅区の一コマ。
一歩中に入ると、ヤズドのような土壁住居が広がっています。
道端で唐突に身分証の提示を求められている女の子。なにがあったのでしょうか。きっとなにもないのでしょうけど。
この区画はお店が全て鉄格子になっていて、
鉄格子越しにお客さんが買い物しています。
どっかのサイトに「ウイグル人経営のお店は鉄格子が付けられている」とありましたが果たしてそうなのでしょうか。
にしては鉄格子のお店が少ないように思います。そして鉄格子の意味は?
これ、地下歩道の検問ゲート。
私は素通りでしたが、ウイグル人(と思われる人)は身分証を提示して手荷物検査です。
引き続き旧市街を散歩中。
いや、きっと辛めのおでん的なやつなんですが、お店の人がいないのにこの赤い服のおばちゃんが次々ほうばっているんです。
無法地帯。
と思ったら遠くからお店の人が見守ってました。一本一元だそうです。
私もトライ。
思ったほど辛くないですが、
具材がはんぺんのような、特段楽しくない具材でした。
スイカ。。!
ウマー!!
どっかでも書きましたが、ここタリム盆地は寒暖差が非常に激しいので野菜や果物の旨味が増すんですって。で、この氷点下の寒空の下で食べるスイカなんて超オツじゃん、と思い食べてみましたが正解でした。
なお一緒にウイグルおばちゃん(アイライン強め)もスイカを食べたのですが、種食べちゃうんですね。
※右のおっさんはこの果物屋のおっさん。あんたも食うのね。
これめっちゃ不味いお菓子。
酸っぱい紙食ってるような。
ああ楽しい!!
やっぱ良いですね、食べ歩ける街って。
帰国したら早々に砂町銀座行きたいです。
なおここ冒頭地図のFood Marketなる場所です。
途中
こんな屋台だらけの閑散としてスペースもありました。暖かくなったらさぞかし賑わうのでしょう。
旧市街の子供たち。
ボールの大きさ的に絶対入らないんですけどそこのところいかがなんでしょうかねボクたち。
そんな微笑ましい景色をお固く見守るポリス。
後から作られたものとは思いますが、レリーフが綺麗です。
この一角は1000年前から鉄職人が多い区画、、だかなんだか、先ほど説明書きがありました。
確かに鉄製品を扱うお店がちらほら。ごく僅かですけど。
途中かなり豪華なお宅が。
宿では無さそうですが。ウイグル人にも富豪がいるのですかね。
次の街ホータンは玉が有名らしく、このカシュガルも前の街ウルムチにも「和田玉」と書かれた店が多数ありました。
旧市街の東端に出ました。
大きな門がありました。
そこを抜けるといわゆる旧市街の入り口になります。
旧市街は一段高いところにあったのですね。
遠くに巨大なタワーが見えます。
新市街はビル群が並びなかなかなメガシティです。
入り口でゆるいセキュリティチェックの上、入場です。
おお。。人が沢山です。
ここなかなか巨大で、
頭上の案内板に示されたカテゴリの細かさがその広さを訴えてます。
そしてやはりここがシルクロードの要衝だったことを思わせる品々が扱われています。
ここは靴エリア。
靴エリアがめっちゃ広くてしかもめっちゃ安くて思わず買い替えそうになりました。
滑りすぎるの今の靴。
先ほど書いた通りこの地域は果物が豊富だそうですが、タクラマカン砂漠があるように乾燥しているのでドライフルーツも盛んなようです。
にしても人が多いな。。。
(この写真は人少ないけど)
そうか、
今日日曜だわ。
だからこの「日曜バザール」に人が溢れてるんですね。
スフレみたいなのを売る少年。
ごめんねアイスだったら即買いだった。
お願いだからそんな目で見ないで。
卵焼きバーみたいのを職人のごとくガンガン焼き上げていく少年と、美味しそうに食べる少女。
(この専用の焼き機が面白い)
ナンの上に置かれた生肉。
これオーブンで焼くんでしょうか。
今日の晩ご飯はプロフとコレにしたいと思います。
先ほどのくるみのお菓子。
ちょと食べてみたくなり、ちょっとだけカットして?とジェスチャーしたら、
くれました。谢谢!
イランからよく見かけてきた小さなみかん。
ここに来て買ってみよかなどうしようかなとまごついてたら、
くれました。谢谢!
いやー楽しいですねこのバザールは。
皆さんウイグルの方々だと思うのですが、優しいのなんの。
はんぺんみたいのが入ったおでん的なやつだと思われます。食べたかったです。
ちょっと流石に今満腹です。
ということで、
超楽しいバザールでした。
で、
そこからバスでアパク・ホージャ墓という場所に向かおうと思い来たバス停。
バザールのおかげでバスがはち切れんばかりの超満員だったので歩いて向かいました4kmも。
(バスは20,21,3,7が走ってます。旧市街からだと20番。百度地図で検索ください。)
途中、
30人くらいの角材を引きずった集団とすれ違いました。
腕には「警備」と書かれた腕章巻いてました。中にはウイグル人の姿も。
※怖くて後ろ姿しか撮れない
てか貴方達そのものが大変物騒なのでもうちょっと別の武器を装備していただけませんか。
なおこのカシュガル北東のエリアはウイグル人居住地区が多いようで、漢人をほとんど見かけません。
表通りはお店が並んでますが、
その合間合間には生活道路があり、入り口では警察がしっかり検問してました。
(右奥に検問)
入場料30元もしました。
アパク・ホージャさんは16世紀末にこの地で新疆イスラムの指導者だった方だそうです。現地では「香妃墓」と表記されてます。
これは良い!!
先ほどのエイティガール寺院がなかなか残念外観だったのに対しこちらはかなりイスラム感があります。
緑ベースのモスクって珍しいですね。
先日ウルムチの博物館でガイドさんから盗み聞きした「砂漠では緑が重要な色」というやつでしょうか。
内部は撮影禁止でしたが、
びっくりするくらい多数の墓が所狭しと並んでました。
これまでの霊廟と異なるのはお墓がタイル張りでした。
こんな感じの。
で、
緑の布をかけられてるものもありました。きっと身分の高い人のお墓なんでしょう。
そんなアパク・ホージャ墓でした。
なお敷地の入り口にあったモスクは中には入れませんでしたが、エイティガール寺院と同じように国家主席様の写真が掲げられてました。
なお色使いがチベット仏教っぽいっていうの、なんかわかりますかねどうですかね。
もう宿に戻ろうと思ってましたが、
20番バスがまたまた旧市街に行ってくれたのでそのままもっかい旧市街ぶらり。
【悲報】プロフ売り切れてた
なんてやりながら宿へ戻り、
昼寝してまた外へ。
晩御飯探しです。
ややライトアップしてるように見えるのはすぐ横の大型ディスプレイで国家主席様が大々的に映し出されているからです。
さてこの後は旧市街をぶらぶらするもほとんどの店が店じまいしてまして。
この人たち営業開始が遅いのに(北京時間13:30頃〜)、閉めるのは早いのね。
まあウイグル人=中央アジア人と考えると納得。
ケバブです。
ご無沙汰しておりました。
ラシュトの焼き鳥には及びませんが、
なかなか美味目でした。
そんなカシュガル街歩きでした。
出会ったものを時系列に書いているのでかなり散文になってしまい恐縮です。
途中で書いた内容と重複しますが、
思っていたよりもウイグルの人たちは制約や不便がありながらもこの地での生活を楽しんでいるように見えました。
ここまで警察が厳重管理していれば犯罪は起きなそうですし。
もちろんここに至るまでの過程や、私が見えていない部分では色々あるのだと思うのですが、今日一日歩いてみた感想は上記の通りです。
明日は和田というさらに奥地の街をぶらっとしてみる予定です。
どんな世界なのか楽しみです。
谢谢!!
でした。
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