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#510 戦時日本軍が東南アジアでやっていたこと。inタイ(28) 2019.5.6



って、
私、旅に出るまで想像だにしてませんでした。

いや、若かりし頃に世界史やら近現代史やらで見聞きしてきたはずなのですが、この東南アジアに来てタイやミャンマーの歴史をWikipedia先生に教えてもらうまで、頭の片隅にもありませんでした。

今日は、私が勝手に親日だと思っている東南アジアに対する在り方が変わらざるを得なかった1日です。


――――――――――――――――――
▼徘徊メモ
・行き先:
    バンコク/トンブリー駅 Thonburi
    →カンチャナブリ駅 Kanchanaburi
・手段:列車
・料金:外国人100バーツ≒350円
・時間:カンチャナブリまで約3時
               7:50発、10:50
※実際は往路はトンブリー→カンチャナブリを通過しタムクラセー駅下車、アルヒル桟道橋を観光後、タムクラセー橋駅で乗車しカンチャナブリ町内リバークワイ橋駅で下車。合計200バーツ。

↓カンチャナブリ場所
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↓カンチャナブリ 広域地図マップ
(二行目はMapsme表記)
20190506233947fd3.jpeg 


・アルヒル桟道橋
      Death Railway
・タムクラセー橋駅
      Thamkrasae Bridge
        アルヒル桟橋の前後に1箇所ずつある



↓カンチャナブリの町

(二行目はMapsme表記)
20190506233947b26.jpeg 


・中央右のオレンジ:カンチャナブリ鉄道駅
      Kanchanaburi
・右下のオレンジ:バスターミナル
      Kanchanaburi Bus Terminal
・左上のオレンジ:リバークワイ橋鉄道駅
      River Kwae Bridge
・中央右の青:宿 ドミ一泊200バーツ≒700円
      Mapsme表示なし
      Booking.com上の名前はAsleep hostel

・左上の赤の双眼鏡マーク:戦場にかける橋
       Death Railway viaduct
・そのすぐ右の赤:第二次世界大戦博物館
       World War II & Jeath Museum
・中央右の青矢印被ってる赤:ナイトマーケット
       Night Market

・そのすぐ右下の赤:泰緬鉄道博物館 ※正式和名不明
       Death Railway Museum and Research Centre
・そのすぐ右の赤:連合軍共同墓地
       Kanchanaburi Allied War Cemetery


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本日はカンチャナブリという、タイの西側の町に行ってみたいと思います。


タイに入るまで知らなかった町です。

どんなとこなんてしょうかWikipedia先生。

、、、と思ったら
Wikipedia先生に良い説明がなかったので色々なサイトから引っ張ると、まず場所はここ。


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これはカンチャナブリ県の場所です。
西をミャンマーと接しています。

アユタヤにビルマ軍が侵攻してきた際はここから攻め込まれたそうです。
そうつまりここはミャンマーとの陸の要衝。


そして第二次世界大戦中に日本軍がタイーミャンマー鉄道、いわゆる泰緬鉄道を敷設した場所であります。


当時、満州事変を皮切りに大日本帝国と中華民国の戦争が長らく続いてました。

そこへ主にアメリカ、イギリス、ソ連が中華民国への物資援助ルート、援蒋ルート(中華民国代表・蒋介石を援助するルート)を設け、各方面から中華民国を支援しました。

その一つ、ビルマ(当時のミャンマー)から中華民国へ伸びる援蒋ルートを遮断すべく、日本軍はビルマへ侵攻していきます。

その際に敷設されたのがこの泰緬鉄道です。

敷設の際には連合国軍の捕虜(英米濠蘭など)、東南アジア人(マレー人ミャンマー人タイ人インドネシア人など)など数十万人が動員され、過酷な労働環境下でその半数以上が亡くなったそうです(数字論争あり)。

このため泰緬鉄道の英訳は「Death railway」。

そんな泰緬鉄道に乗って、
カンチャナブリの町に行ってきました、という日記です。


ーーー


ということで朝。

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列車が7:50にバンコクの西、トンブリー駅から出るというので朝も早よから出勤です。

ここは「Phra Arthit 13」というボート乗り場(Mapsme表示名)。
トンブリー駅はカオサンから行くとチャオプラヤー川渡ってすぐなのでボートが早くて安いです。

こんな感じ。

20190506234048966.jpeg 



ちょっと気持ち早まり過ぎて7:50の列車に対しまだ6:30なんですけどね。


そして船は7:10に来ました。
焦らすよねー。


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運賃15バーツ。
川の向こう渡りだけなのに。
でもタクシーで行くより全然安いです。


朝陽浴びる橋。

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はいThonburi Railway Stationという船着場です。

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そしてThonburi Railway Stationという埠頭名のくせに駅まで1km近く歩きます。

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駅周辺は市場。

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お弁当買いました。

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列車旅言うたら駅弁でしょ。
いや駅の弁当じゃないけども。


ようやく着きましたートンブリー駅です。

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チケット売り場。

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タイの鉄道って我が耳疑うほど爆安のイメージですが、ここはしっかり外国人料金です。


1乗車100バーツ≒350円。

そう、距離に関わらず350円なのです。

なおカンチャナブリは旧南バスターミナルからミニバンで行けるようですが、お値段ほぼ同じらしいです。


チケットゥー。

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なんだかちょっと列車旅にワクワクしてタイ滞在28日目にして初めていただくタイティー。めちゃ美味。

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7:50。
列車が来ましたよー。一応ここが始発駅です。

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黄色く綺麗に塗られた硬い木の椅子が100バーツ払っている人エリア。
隣の車両は殺風景ながら椅子がややクッションなエリアです。
え、
ねえどうして?



7:50。
定刻になりましたがまだ出発しないのでもう駅弁をやります。
いやもう腹ペコリーヌ。

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8:00。
列車は出発しましたが、もう駅弁は食べ終わってました。嗚呼私の食欲。

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列車はしばらくバンコクの光と陰の景色を車窓に映し出しながら、西へ進んでいきます。

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どこか懐かしい景色

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どこか懐かしい景色2(だがチャイではない)

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のどかな景色が続きます。

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ただあまり自然自然していくことはなく、定期的にメークロン級の中規模都市が現れては中層マンションエリアが現れたり。

バンコクからカンチャナブリまでの距離は東京発でいうと熱海あたりになるそうです。この辺りの中規模都市は日本でいう厚木や小田原的な感じでしょうか。バンコク都市圏拡大中なんだなぁと思わされます。



で、
気がつけば寝てまして、
ふと目が覚めたら

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カンチャナブリ駅にホームインしてました。


けども。
ここでは降りませんで、このままこの先の泰緬鉄道スポットへ向かいたいと思います。

カンチャナブリ駅から先は旅行者にとっても大定番スポットなのでしょう。
それまで二両だった列車がここですごい数の車両数になりました。六だか八だか。少なくとも木更津周辺の各駅列車よりは長いです。※快速車両は14両あるがなっ。



カンチャナブリ駅を出発して数分後、
まずやってくるのが映画にもなった有名な橋、「戦場にかける橋」です。
リバークワイブリッジ。

その手前でリバークワイブリッジ駅に停車します。


ホームイン直前にこんなものが。

これは当時走ってた列車でしょうか。

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ホームイン。ここでもとんでもない数の人が乗ってきます。

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そしてリバークワイブリッジ駅を出発すると、早速見えてきます、例の橋。

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ミサイルのオブジェ(本物?)などがありつつ、

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ああ、
これは列車に乗ってると橋見えないパターンのやーつですね。

ただ、

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見ての通り橋は徒歩できゃっきゃきゃっきゃできそうなので、帰ってきたら見学するとしましょう。


はしゃぐ乗客たち。

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はしゃいでる子供たち(川の中)

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あんまりはしゃいでない観光客。

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あの軍用車みたいのが並んでいるのは私の理解が正しければ、旧日本軍による元連合軍捕虜収容所だそうです。


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なぜあの場所か。それは英軍空爆により橋が破壊された際に速やかに再建に駆り出すため。もちろんこの橋は空爆優先順位は相当高いわけで、誤爆により捕虜さんが犠牲になることも多々だったそうです。

そんな元収容所は

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NOW OPEN♪

あの軍用車は屋台になっているようです。。


しばし雄大な景色が続きます。

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川との併走。

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あの大きいのは家。。?

巨大な屋形船みたいな感じの箱が船で牽引されてます。


あそこにも。

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そして突如崖スレスレを通過。

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地形が険しくなってきました。
そしてもちろんながら今の切り立った崖も元連合軍捕虜と東南アジア人たちが掘削したものだそうです。しかも場所によっては素手で掘削させたとか。



さて、
列車はさらに1時間強走り、12:10頃に泰緬鉄道もう一つの見どころ、アルヒル桟道橋の手前の駅、タムクラセー駅に着きます。

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ここから列車は速度を落とし、じっくりと進んでいきます。

おじいちゃん身を乗り出し過ぎ。

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アルヒル桟道橋と周辺の景色です。

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ちょっと車窓からだとただの川沿いの橋にしか見えないのですが、
ここ右側は切り立った崖、左は見ての通り川、その間に橋を組み上げて列車を無理くり通している場所なのです。


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あまりピンと来ませんね。

ひとまず橋の手前と奥とに駅があるので、奥の方の駅でおります。

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THAM KASAE駅です。
次は13:30頃にカンチャナブリ方面に戻る列車があるらしいのでそれまで小一時間、この辺をぶらっとしてみたいと思います。


駅周辺はお土産ストリートになっており、食べ物飲み物には困らない感じです。

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ハニーレモン。

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客層は3割欧米人、3割アジア人、4割タイ人、と言った感じでしょうか。

ふとしたところに爆弾モニュメントが可愛らしくプリッとしてますけども 。

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東南アジア人皆さま、そして西欧人皆さま、

皆さんどんな想いでこの旧日本軍が皆さんの国の方々を酷使して作らせた線路の駅に降り立つのでしょうか。















イエーーイ!!

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って感じなんでしょうかね。やっぱ。



そんなアルヒル桟道橋です。

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分かりますかこの必要最低限感。


足元こんな感じ。

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いや、
当時なんてなによりもスピード重視だったらしく手抜き工事オッケーだったそうなのです。当時はどんなだったんでしょうか。

なお手抜き工事なので当然脱線事故も頻発し、当時は線路脇に車両の残骸が多数散らかっていたそうです。


見ての通り、かたや崖、かたや川です。

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崖には祠がありました。

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おそらく戦後日本軍がいなくなった後にここに祠を設けたのでしょう。
この御釈迦様はどんな祈りを耳にしてきたのでしょうか。



線路は中央にペラペラの鉄板が敷かれており、基本その上を進むのですが当然すれ違う道幅などないのですれ違い時は命がけで滑らせたら奈落行きの線路脇へ避けます。

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途中マチュピチュ往路を思い出す光景なんかもありながら、

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再度、橋。

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無事渡りきりました。

こちら側からは橋を下から見上げられます。

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こうしてみると、
この橋がなかなか難儀な場所に無理くり作られてることが分かります。

武器で脅され無理くり連れてこられ「ここに橋を作れェ!!」と言われ。ろくな食料補給はなく、餓死者続出ならびにコレラや赤痢が蔓延。
ここはそんな死の鉄道です。




プォーー


だれか「おおお!列車が来るぞ!!」


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嗚呼私。



少なからず言えるのは、いまの時代はとても平和であるということです。



帰りはこの列車にそのまま乗り込みました。
つまりは橋の手前の方の駅から乗ってます。

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そしてやってくる駅員。
駅員「どこまでいきますか?」
私「カンチャナブリまで」
駅員「100バーツ私「ですよねー!!」



たった1時間なのに。涙。





悔しさのあまり寝てたらもう戦場に架かる橋を渡り終えるところでした。

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ということで、
ここはカンチャナブリ駅の一つ手前、リバークワイ橋駅ですが、ここでおります。

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戦場にかかる橋です。

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こうしてみるとただの鉄橋ですね。

ただこれ何度も空爆されては即改修され空爆されては即改修され、を繰り返しています。英軍からしたら恐怖だったでしょうね。バイオハザードかと。


橋でバスキング中の正面たち。

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おやつタイム。

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さて、
ここから宿に向かいたいのですが、途中に戦争博物館があるようなので立ち寄ります。

ここカンチャナブリは多数戦争博物館があり、中には名前が似てたり同じのもあったりしてもうよく分かりません。

ひとまず橋のすぐ近くにあったここ、

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World War II & Jeath Museumはマジでオススメしません。

博物館レベルで言うたらレベル「表示不能」です。

いや、
戦争博物館に対してしかも日本人が言うべき言葉では毛頭ないですが、それでもちょっと、クオリティが低過ぎてある程度事前に背景を理解しているつもりの私でも、「え、で?」って感じです。

全体の展示の半分以上が仏像とか宝石とかで戦争関係ないし。入場料50バーツ。嘘でしょ。


ひとまず先ほどの実際に泰緬鉄道で走っていた機関車を入り口で拝めれば良いのではないでしょうか。


いや、
こんなはずはないんです。
先日バンコクで遊んだ現地ガイドToto君曰く、カンチャナブリには日本人が見るべき素晴らしい博物館がある、と言っていたのです。



ああ!
思い出した!!
先ほどのダメ博物館のトイレで調べ直してて思い出しました。

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これです。
もはや宿の近くですね。好都合です。
宿に荷物預けて向かいましょう。


で、
この3kmの道中、あぜ道突っ切ろうとして本旅最大の野犬クライシスに陥りました。


噂の現場。

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この右奥の道の向こうに進んだら藪の奥からゥワンワンワンワン!といぬが現れました。

ふん、所詮一匹。

蚊ほどでもないわ、蹴散らせい!


と突き進んだら後続からウワワワワワワと野犬レースのトラック上かと思わさんばかりに20匹ほどウジャウジャ出現してきまして一直線に突撃してきました。





(´Д` )






が!
私の中の野犬ちゃんHow toを信ずれば、ここで背中見せて逃げ出したらガブリなはずです。


現に私がその場で立ち止まると、私の手前1mで犬どもはGurururururu、、と牙を剥き出しにしているだけです。


、所詮はそんなもんです。

一歩一歩、後ずさりして道路まで戻り、
そのままパシャりした写真が上記の一枚です。



野犬なんてこんなもんです。

口ほどにもない。






あ"あ"あ"あ"あ"やっだぁかったぁ!!



涙汁と鼻汁滴らせながら近所のおばちゃんの袖を掴んで野犬エリアを指差しながら泣き顔したらおばちゃんも無言で下向いて首を振ってました。
いや、速やかに駆除せし。





到着しました。


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泰緬鉄道博物館です。
いや、本来は宿に寄る予定だったのですが途中のショートカット道が例の野犬ROADしかなくて。リュック背負ってやってきました。

現在16:15。
閉館時刻17:00ということで時間がありません、

早よ参りま入場料150バーツゥ!!??

う、うん、払いますよ。
今日は学びの1日です、から、。。




で、
この博物館がToto君の言う通り、ほんとに良かったです。


タイトルにも繋がるのですが、初っ端に目に焼き付いたのがこれです。

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旧日本軍が戦争を仕掛けた国々です。
(もちろんあくまでも当博物館の資料です。)


こんなに沢山の国で戦争を仕掛けていたって、覚えてましたか皆さん?

少なくとも私は忘れてました。
中国は南京周り含めていくつか戦争博物館を見学しているので思い出していたのですが、東南アジアをこんなにも巻き込んでいたなんて。

もちろん大義名分としての欧米諸国によるアジア植民地を解放し、大東亜共栄圏を設立してアジアの自立を目指す」という大東亜構想スローガンがあったわけですが、いまその国々の中の一つのケースとしてこのタイで泰緬鉄道に関する悲惨な歴史を知る私。

この辺りが東南アジアの進行図です。

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博物館の展示は泰緬鉄道にフォーカスしたもので、敷設の背景、過酷な労働環境の惨状、死者統計、運用開始時の様子、旧日本軍敗退後のその後まで、解説文や図解が大目に紹介されてました。

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詳細は割愛します。

まだこの日記を書いているのはこの日の夜の話で、まだ整理は出来ていませんが、ちょっと東南アジアの国々の人たちに対する見方が変わりますよね。これは中国の戦争博物館でも思わされたことです。

史実はどうであれ、少なくともここではこのように旧日本軍による活動が紹介されていて、実際に多数の方が当時犠牲になっている。


彼らは日本が憎くないのでしょうか。
彼らは日々皆HONDAにまたがりKARAOKEを楽しんでますけども。

ああでもあれね、
我々もハリウッド映画見てマック食べるわね。

なんというか、
平和にとって大事なことって、実は意外とそんな難しくないんじゃないかな、とか思ってきたところで腹が減ったので

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ナイトマーケットォォォ!!!


宿チェックインしたらまさかの宿の前からもうナイトマーケットが続いてたのでヒャッホーウしてやって参りました。


カオマンガイ10バーツ!

カオマンガイ10バーツ!


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ひとまずこのチキン炒めと、

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袋入りスープを買いました。

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袋入りスープ、めっちゃ美味いんですよ。
見た目がアレなのと、ボウルがないと食べづらいのが難点ですが見ての通り宿のおばちゃんがボウル貸してくれました女神。

あ、
もう一つの難点は袋入りスープの袋の輪ゴムがなかなか外れないということです。

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↑女神が開封してくださっているなう。


本日のお夕飯。

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ああ、、、
沁みる。。。

野菜スープがマジで美味しです。

ちょっと積極的にこういうの食べてかないと黒く焼けくすんだかつてのもち肌を取り戻せません。あ、コエンザイムQ10欲しい。


なおチキン炒めは激辛で火を噴くかと思いました。これぞタイ料理の罠。


そして明日の朝ごはん用に買ったチキンライスは女神の手によって

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冷蔵庫へ保管となりました。

明日朝電子レンジ使って良いそうです。


ああもう
女神さまっ。




世界はいまテロだの内戦だの制裁だの大変なことになってます。ただ、こうして(一見)とても平和な世界もあります。でもそんな平和な世界にも、かつては辛く苦しい局面があって、その上でこの人たちは(それを知ってかしらずかは知らんが)こうして優しくしてくれているんだ、そしてそれって内容は全く違えど日本も近しい経験をしてたよね、という気づきは、私にとってとても大きな気づきになっていく気がしてます。


いまそう思っているよりもより一層、今後。




明日はエラワンの滝という景勝スポットに行きます。

天然ドクターフィッシュがすごいらしいので、ミャンマーで汚れまくった足裏を食い散らかしていただきたいと存じます。

コップンクラァップでした。



 
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MAEDAKプロフィール

Maedak

Author:Maedak
ろくに英語もできないまま地球を東方面へ徘徊しはじめた158cmです。
なにを目指したブログかいまいち模索中ですが、関係各位への生存報告を兼ねて日々更新していきます。

記事中の情報はあくまで英語力不十分な私が個人的に体験した限りのことを記載しているまでですので、あくまでご参考程度によろしくお願いいたします。

また大変恐縮ながら不躾かつ不勉強な部分も多く、見当違いな記述もあるかもしれません。なにかございましたらメッセージ欄よりお申し付けくださいませ。
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